『ほっといたかて死ぬ』

クレヨン牧師のミニエッセイ

『ほっといたかて死ぬ』

 清水寺には故人となられましたが、大西良慶貫主という方がおられました。誰でも知っている言葉、「美人は三日みたら飽きるが、その他は三日みたら慣れる」だから心を基準に結婚を決断しなさい、といわれたお坊さんです。その良慶貫主が百七歳になったとき、インタビュ-に答えていわれた言葉を思い出します。
 
  「ほっといたかて死によるんやから、死ぬことなんか考えてないの」
 
 死ぬことを考える。これは大切なことだと思います。しかし、良慶貫主が言われたのは、それに捕らわれて何もできなくなってはいけないということです。死に捕らわれることなく、死を考えることができたら幸いです。
 
 そのことを示されたのは、イエス様でした。十字架の傷跡をお見せになって、死を示されたのですが(ヨハネ20:20 )、それは死を通り越して復活したところで示されたのです。死を示しておられるかたが、命を得ておられる。その命を信じるものに与えよといわれるのです。
 
 「ほっといたかて死による」。だからこそ新しい命を考えたいと思います。信じるものになりたいと思います。

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