ルーテル教会・私たちの教会は


伝統あるプロテスタント・キリスト教会です
キリスト教会には、大きく分けて、 ローマ・カトリック教会とプロテスタント諸教会があります。ルーテル教会は、プロテスタント教会に属します。宗教改革者 マルティン・ルター という人の名前に由来しています。 ルター は1483年11月10日、現在の東ドイツ、アイスレーベンに生まれました。 大学で法律を学び始めたものの、やがて父親の反対を押し切って修道院に入りました。 真剣な修道院生活と聖書との取り組みの中で、キリストの福音に生かされる喜びに至りました。そして1517年10月 ルター は当時の教会で行われていた、いわゆる「免罪符」の習慣に対して 「95ヶ条の提題」 を公けにしました。その波紋がヨーロッパ全体を動かす 宗教改革 となりました。その基本は 「聖書のみ、恵みのみ、信仰のみ」 という宗教改革のいわゆる三大原理です。神様の前にすべての人は平等、お金とか見せかけの努力ではなく、神様の恵み、 イエス・キリストの十字架と復活によってのみ、人は救われるというものでした。 その声は、ドイツをはじめ全ヨーロッパに伝わりました。しかし当時のローマ・カトリック教会の大勢はこれを斥け、 「ルターの仲間」と呼ばれ始めたこのグループは、 「ルーテル教会」 と呼ばれるようになったのです。その後、この宗教改革運動に続いて各地で新しいグループが生まれ、 多くのプロテスタント教会が出来ていったのです。特にドイツから北欧にかけて広がり、 その後それらの国の人々が新大陸発見とともにアメリカに移住し、 アメリカ各地に自分たちのルーテル教会を形成していきました。


世界に広がるキリスト教会です
ルーテル教会は、ドイツから北欧、アメリカへと広がり、そこからアジア、アフリカ、ラテンアメリカなど、 全世界に広がり、現在、約7000万人(ヨーロッパ5100万、アメリカ900万、アフリカ400万、アジア340万など) の人々が会員が世界のルーテル教会に繋がっています。そのうちの5500万人が集まって ルーテル世界連盟を組織して、研究をしたり教会間の協力をしたり、また難民救済など世界への奉仕をしています。

日本のルーテル教会
1893年のイースターに九州の佐賀でアメリカからの2人の宣教師によって初めての礼拝が行われました。 日本のルーテル教会はここに始まります。やがてアメリカの他、フィンランドやドイツの宣教師たちを日本人が助けるようになり、 日本福音ルーテル教会という形で、次第に独立した教会となっていきました。 牧師養成のための神学校(1909)を設立し、以来、保育園・幼稚園・中学・高校・大学・各種学校などの教育分野で、 また社会福祉の働きでも、老人ホーム・総合福祉施設・児童福祉施設・母子ホームなど多くの点で開拓者的な働きを示してきました。 1941年、時の政府の圧力で日本のプロテスタント教会が合同することとなり、日本キリスト教団に参加しましたが、 戦後、1947年教団を離脱し日本福音ルーテル教会として再出発しました。 戦後の宣教を開始したその他のルーテル諸派と合同し、1963年新しい日本福音ルーテル教会を組織して現在に至っています。 北海道から九州まで、全国に138の教会と、学校、幼稚園、老人ホームなどの施設をもってキリストの福音を証ししています。また、 ルーテル学院大学・神学校 に社会福祉学科を持ち、社会での奉仕者を数多く送り出しています。

鹿児島教会

戦後すぐに信徒の家で集会がもたれ、1951年に牧師館兼会堂ができ、1960年に今の会堂が建てられました。1968年に作業施設「ナオミ・ホーム」を開設し、その20年後に役割を終えたとして閉鎖しました。外国人宣教師の働きにより鹿児島大学の学生たちが教会につながり、青年会活動が活発になり若者たちが全国の教会に移って行きました。これまで牧師は16人、宣教師は8人が牧会に関わりました。日本福音ルーテル教会で日本の一番南にある教会です。この地に宣教をしようと伝道所を開いてから、もう80年近くになります。